小さな傷
ある日ママから告げられた。
そろそろここ(母子寮)を出て3人だけで暮らそうか!と。
多少の寂しさはあったものの、私は3人一緒なら何でも良かった。
そしてもう1つ。
ドキュメンタリーの密着取材がくるかもだけど、いいかな?と。
父親とは話がついていたし、ママのお友達がテレビ局で働いていて頼まれたみたいだった。
そしてテレビに出れば何かしらの報酬は貰えるんだろうなと幼心に思い、二つ返事で了承した。
この頃小学2年生。
転校するとなると、そっちの方が話題になって溶け込みやすそうなんて考えていた。
そして引っ越す前から密着ドキュメンタリーの撮影が始まり、寝てる時以外はスタッフさんが常にいた。
優しくて良い人たちだったから、全然苦じゃなかった。
引っ越し先はいわゆる団地。
家具や家電はほぼ持っていないので、買い物にいくと冷蔵庫や洗濯機などはテレビ局側が買ってくれた。
これだけでも引き受けて良かった!と思った。
転校する際もカメラがずっと一緒で、スタッフさんが緊張している私を励ましてくれた。
カメラを引き連れた転校生は物珍しく、みんなが優しくしてくれて、あっという間に溶け込む事ができ、やっぱり引き受けて良かった!と思った。
だけど1つだけ大人の嫌な部分を見た気がした。
それはスーパーに買い物に行った際に、蟹をカゴに入れてとスタッフさんにお願いされた。
そして言われた通り蟹をカゴに入れると、ママは『うちはこんなに高いのは買えないから戻してきて〜』と言われた。
あ、これ台本か!スタッフさんが買ってくれるわけじゃないんだ!
貧乏だけど、貧乏な振りしなきゃいけないんだなぁって悲しくなった。
見せ物じゃねーよって。
蟹ぐらい買えるし不自由ないようにママが一生懸命働いてるのに、こんなのを全国放送のゴールデンで流されるんだって思ったら、馬鹿にされているようで悔しくなった。
まぁ結果的には同情されたし、それで支援してくれた人もいるから結果オーライなんだけど、小学生の私は何かを悟った気がした。